『存在/しないあなた、と私』 遊びました

ひーろぐ

僕です。

遊びました。


各END読んだような気がしたけど調べてみたらまだまだあった、いずれやります
金額帯から勝手にボリューム感を想定していたため嬉しい誤算。

相変わらず 雑感です

iOS版あるじゃん!通勤で出来る神~と思ったらセーブという概念が無く読み直しへ(一敗)
セーブという概念が無いのは作品の雰囲気に即していてかなり理解できるので想定外ではあるものの前向きに捉えることができる

「あなた」の物語にセーブという概念はなさそうだしね。
cp毎がそこまで長くないこともあり、最初は気になったものの最終的には高評価寄り

作品の本線はリリスとの一対一での対話ではあるものの”自我”として外野の物々に喋らせる形で複数人の会話に見えるやり取りで進む。


こういう”自我がない”と認識している物々が”自我”を持ったものとして喋り始めるという展開はあまり得意ではない……と思いつつ進めると、早速リリスは”自我”の話をしてくれる。

「あなた」が他者と関係を持つ際には先んじて「友達」「親」「物」といった何かしらの先入観をもって関係を持つ。
先入観は自分の中の”常識”であって、”常識”をもって今見ている世界を定義している。

“常識”が揺らげば今見ている世界に対する見方も変わる。
テキストボックスに「リリス」と書かれているからリリスが話していると認識するが、それがリリスである保証はない。
それを支えるものが自分の”解釈”であり、それが”自我”で、自分の世界の姿を作ることになる。

テキストボックスに椅子と表示されているから椅子が喋っていると認識し、オーブンと表示されているからオーブンが喋っていると、読者である自分は認識する。


物語の「オーブン」が「タイムマシン」なのでは?と自認が揺らぐところを「あなた」が「あなたはオーブン」「オーブン以外の何者でもない」「タイムマシンではない」と言い聞かせることも、”自我”を定義してあげるということを示していた……と読み取った。

「あなた」が”タイムマシンではなく”「オーブン」でケーキを作ったということが「あなた」にとって「起こったこと」で、それは自分(あなた)にしか持ちえない”自我”なのである。
出来事に対して何を選び、何を捨てるかは「あなた」の特権であり、選択した責任も「あなた」にある、と。

その後のcpではリリスと「外の世界」へ行く。
外の世界では第三者である「あの人」と出会うのだが……この出会い、会話(というには不出来なやり取りだが)が伝えたいことがいまいち理解できず、自分の中で整理するどころか「こういうことが言いたかったのかな」と話についていくこともできなかった。

その後に”他者”を定義することで”自我”をもってそれらがいる世界を定義出来ている、と話してくれるので、「あの人」も”他者”についてを示したかったことかと思うが……周回を重ねても理解ができない部分だった。

他者を定義することは「他者」に自分の主体性を当てはめる、一方的な行為とリリスは話してくれる。

知らない人と出会い、自分の中にある少ない情報からその人の人と成りを想定する、という出会いの一連がこれだろう、当たり前のことではあるが、文字にして人から言われてみると確かに一方的か。

リリスはそれに加えて「他者」にもそれぞれ主体性があることを話してくれる。
「あなた」と「他者」の主体性同士がぶつかることで生まれるものが「関係性」である。

そこでリリスが他者との関係性において「隠し事も必要」と話してくれるが、その後のcpではそれが特にフォーカスされているように思う。

「あなた」と「他者」の集団生活において、「集団関係」「社会的秩序」「ルール」といった社会的ルールに則るということを前提に敷かれることで”自我”を示すことより隠すことが優先される、と刷り込まれる。
リリスがくれる「四個目のキャンディ」についてもそれを口にする(ルールに背く)ことはできるが、外向きはそれを隠してふるまわなくてはいけない……という事を示したいのかと考える。

また、序章では物々が”自我”として会話に参加していたのが終盤ではそうではなくなり、ほぼリリスと「あなた」(「自分」含め)の会話になった点
作品を通して「あなた」の患っているものが進んできているのか、あらゆる意味で”リリスしか見えなくなってしまっている”のか……

後のcpではリリスは作中定義された「あなた」ではなく読者たる自分に語りかける。

リリスは「世界の外にいる少女」で「リアルに存在できない、最も純粋な「愛」」であり「単なるゲーム」のキャラクタである。
そんな自分の存在を「あなた」に問いかける。

「私、存在する?」

メタフィクション的な要素は「物語」の中に「自分」を見る点に苦手を感じており、章中の「あなた」ではなく明確に「読者である自分」を示されて物語が終盤へ進んでいる事を理解しつつも、少し嫌気がさしてしまった。

EDcpに多数分岐が有り、前述のように金額帯からイメージしていたボリューム感を大きく上回る楽しさがあった。


複数あるEDの中から、goodEDを最初に迎えられたことは幸か不幸か。
badEDがあまり好きな終わり方ではなく、リリスにかなり愛着を覚えていたのもあり本当に悲しかった。

先のcpでメタフィクションみを出してきたのに、「自分」の思考とは違う方向に「あなた」が進むEDが「あなた」としても「自分」としても辛かった。

こういう哲学哲学した物語でも、一般的(?)なラブコメであってもbadEDは苦手である。

なんというか、作品に即さないふわふわした感想ではあるが、かなり良い作品でした。
しっとりしたBGM、イラスト、ヒロインと文字部分以外で好きな要素が多かったのもあり、気持ちよく最後まで進めることができたかと思います。
というかリリスがビジュ良すぎ。

哲学してます、みたいな作品は感想戦で自分の浅い部分がぼろぼろ出てしまう事とスクショがかなりの枚数になってしまう事を除くと本当に楽しい。
いざ感想にしようと思うと作品に寄って難しいことを書こうとして、自分の語彙力のなさを痛感する部分も……まぁ楽しい。今回の感想もそれです。

価格も200円とお手頃この上ないため、こういった作風が死ぬほど苦手……というわけでもなければぜひお勧めしたい作品です。

ほなまた。

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